忍者ブログ
Calender
Search engine
me



name : me what?
sex :F

運命で、生きてる人。
Traveled
インドネシア・台湾・韓国・中国(上海)・フランス・フィンランド・エストニア・マルタ共和国・アメリカ(ワシントン(シアトル,タコマ),オレゴン,カリフォルニア,NYC,ボストン,ハワイ×2)
The cat



name : ニコラス
love :変装と料理

「ウオノメにタタリメ!」
Movie
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


にゃろーん。ん。ん。ん。

熱が下がらなかったのでオープンキャンパスに這って行った。
JKに4年生だと言われた。2ねんせいじゃ。
なんとなく気づいたら共産主義めいたアドバイスをしてたんだけど、そういえばこの子たちはゆとり教育の申し子たちだったと言うことに気づいてやめた。あぶないあぶない。


キラキラした眼差しを向けられると、こちらも全力でサポートしてあげたいという気持ちになるもので、結局へとへとになるまで喋り続けてしまった。
「なんとなく」来た子たちが何かしらの目標を持って、清々しい笑顔で帰って行くのを見るのはなんとも嬉しい。
さらに私がうちの学校のいいところを伝えることで、受験生が上智を好きになると同時に、私自身の愛校心もますます高まってしまうのだから可笑しかった。完全に学校の犬だ。でもいいんだ。私はうちの学校のユニバーシティらしからぬアットホームな雰囲気と、駅歩3分という立地を愛しているのだから。


謝礼3000円を握り締めて、キラキラした瞳たちにぜひまた会いたいと想った。
来年の4月に。それまでみんながんばるんだ!
PR

◆古代の人はどのようにして熱を測っていたのだろうか。

おでこをこっつんしてみたり、手を使って相手の額と自分の額の温度をくらべてみたりしたのかな。
そしたら流感なんてもはや気づかない。
今でもそうやって測る人がいるけど、彼らはその不確実性にどうして気づかないんだろうと常に思う。例えばそれはうちの母上であるけれども。もしやぶってるのか・・・。

温度計をはじめに医療に用いたのは17世紀。発明したのはサントーリオ・サントーリとかいうおちゃめな名前のイタリアのお医者さん。
日本で初の水銀温度計ができたのは19世紀後半。
そっからみんな二の腕の肉をブンブン揺らしては熱を測り、揺らしては測り、って何年もくりかえしてきた。
でも今って時代は腋に挟んでものの15秒でピピピッって音がしてそれで終わり。
サントーリオもびっくり。

 ◆今日はオープンキャンパスで、私は在校生の相談コーナーで受験生のみなさんの相談にのってあげなきゃいけなかったのに、ピピピッと体温計が高温を示してしまって結局行けなかった。
親に学校に電話させるなんて、何年ぶりだろう。情けなくて嗤える。

◆しかも厄介なことに、ブワーっと熱が上がるのではなく、中の上って感じの熱がずっと下がらないでいるから困った。まるで湯船に浸かっているような感覚で、しかも外は猛暑で32℃。自分も熱いし外気も暑いし、まったく空気になってしまったみたいだ。

恨めしいのは不運なことにまだ継続中のテスト週間である。
昨日のテストは炎上。
つまりあさってこそ防炎チョッキで望まないといけない。
マリオがジャンプしないとコインが取れないように、机に向かわないと単位は取れないしくみを、私はクリアできるのだろうか。


果たして受験生の手本がこれででよいのでしょうか。

今日はサントーリオと仲良くしておこう。


If God is a DJ
Life is the dance floor
Love is the rythm
You are the music


と歌うはP!NK


All the world's a stage.
And all the men and women merely players. 

と語るはシェイクスピア


もしも人生がダンスフロアーで、
もしも世界が一つの舞台であるならば、
今の私はどうだろう。

踊れば誰かの足を踏み、演ずれば台詞を間違える。


ねえ、振りが合わないのは曲の所為じゃない?って
結局センスがないだけで、

ちょっと、台本おかしいんじゃない?って、
おかしいのは自分の解釈だ。


頭があれば要は簡単に片付くものですよね。
だったら私には頭がないんですかね。
それとも才がないとそもそも落第点ですか。
才なんて獲得しようがないじゃないですか。
それともまだ見えぬだけですか。
それじゃあ、舞台から引きずり下ろされないように、
とりあえず役作りからはじめます。はい。
(ここで隣にマイクパス)

やるだけやってみよう。


ぎゅうタン、ぎゅうタン、ぎゅうタンタン
ぎゅうタン、ぎゅうタン、ぎゅうタンタンタン

決しておいしいものではない。
わたし、レバーも食べられない。
江國香織だったかの詩集で、
幼い女の子が肉屋でガラス越しにレバーばかりを見つめていたら、
お母さんに「あなたは残酷ね」みたいなことを言われたっていう詩があった。
だから、ね、そうゆうの、残酷なんだよ。

今こうして日記を書きつつ私はえびせんを頬張っているわけだが。
そういえば甲殻類の殻を割って肉を食べようとかいう発想とか、ひどく残酷だな。
どうやったらあんな不気味な生物の肉を食らいたいと思うのだろうか。

しかしながら私たちは残酷さと引き換えに美食を手に入れた。
今更何も言えませんわ。



今日は、幸福という感情が定休日らしい。


キャッチの消えたクリーンな歌舞伎町でサークルのパーティー

写真右端の彼が創り出す不思議な味の無意味に度数の高いアルコール!

何故か流れ出すブートキャンプ。

れいちゃんの計らいで流れ出すハイスクールミュージカル。

そして踊る私。

そしてビンゴなのに気づかない私。

賞品は黒ひげ危機一髪ミニチュアサイズ。(いらない)

写真右端の彼が創り出す不思議な味の無意味に度数の高いアルコール!によって

アイデンティティを捨てる人続出。

こわいお。

そして次々明かされる就活事情。

先輩みんな勝ち組。

口がうまくてノリがよくてお酒が飲める人は出世する。

にゃるほど。




最後はみんなでヴィクトリー!





今日の映画論の授業は、チャップリンだった。

私は、幼少期とても子どもの趣味とは思えないものを好んでいて、
チャップリンはその一つで、小学校の低学年だったか、図書館でよく借りて観ていた。
あの頃は、彼の細やかな身のこなしと、サイレント特有の時間軸が面白いと思っていた記憶がある。

しかし12年後に観てみると、全く違う作品にしか映らない。
面白いと思ったが、それと同時に怖かった。
そう感じたのは、12年の間に私が、実際に歳を重ねる毎に
社会に組み込まれ、それの歯車となりつつあるからなのだろうか。

ソーシャルシステムの変化と

ソーシャライゼーション

なんとなく漠然としたショウライに意識を傾けてみようじゃないか。




地下鉄の中で、音の出ないイヤホンを耳にして読んでいたら、後楽園で右隣に、三十一寸過ぎのOL風の人が座ってきた。
品の良いブラックのパンツスーツを着た女性だったが、彼女の耳に刺さった黒いイヤホンからは、列車が、線路を擦り、風を切って走る音を打ち負かす音量のハードロックが流れていた。

左隣に座っていた主婦らしき女性は、音の出所はどこだろうかと左右に首を捻り、
私の読んでいる本に視線を落とした。
丁度その時私は殺人シーンを読んでいて、彼女はそれを見て私が音の犯人だと決め付けた。

車内には、私を攻撃する無数の視線が交わった。

トーキョー。


本に悪気はないし、私にも悪気はないし、私が19歳の小娘であることも変えられない。
人種のサラダボウルのような都会は、自分は特別視、他は同じくくりだ。
なるほど、ごちゃごちゃしたところにいると、人間はおかしくなる。

ならば私は飛翔力をつけて飛んでやろう。

と、駅員にも見捨てられた、言葉の不自由な男性が下車するのに車椅子を押してやり、ベビーカーに赤ん坊を連れた中東系の女性が階段を上がるのを手伝った。


後頭部に集中する、驚愕した視線たちは無視した。ふん。




以上、この本を読んでる最中におきたエピソード。

筋の評価は別として、
相変わらず伊坂氏は小技が洒落てると感心した。


私が無類のさくらんぼ好きということを、親戚中に触れまわったら
去年から方々から大量に寄贈されるようになった。

なんとも総合計にしてダンボールを満たしてしまうほどの量☆
こんなにあると芸術にしたくなる。

ふと、以前見た、大量の苺の赤の中に気味の悪い眼球が埋もれている写真のことを思い出した。
あれは圧迫されるような強烈さを持っていた気がする。

私も試しに真似事をしてみようか、と思ったが、
本能と欲に負けて、創作意欲ごと胃袋に流しこんでしまった。


だって、「食べて」って、妖艶なルージュが誘ったんだもん。

一時間早く起きて朝勉した。
テスト前でもないのにこんなことするのはいつぶりだろ。高校生ぶりかな!
しかし眠いぞ。
眠いのは若さの証拠?ん?

最近体調が悪い。
それは、梅雨とは名ばかりで、水気少なくしてぐんぐんと上がる気温と比例しているようだ。
容赦なく私の皮膚を焦がす光線は、脳細胞までも焼き尽くしたか、
めっきり授業に身が入らない。

天の恵みよ、あれ。

前のページ 次のページ